2012.03.13 Tuesday
『解錠師』の赤|
スティーヴ・ハミルトン
早川書房 ¥ 1,890 (2011-12-08) |
そのとてもモダーンな発色(古いな、表現が)の表紙に『解錠師』という比較的固めの漢字が3文字並んだだけのタイトルは、「Charley Varrick」に『突破口!』という邦題を付けたようなセンスを感じさせ、少しだけどきどきしながら本を開きました。これは本当です。
原題が「The Lock Artist」なのだから、まんま「ロック・アーティスト」でいいじゃないのん、とかふと思ったりもしましたが、ヘンな人たちがオンガクモノだとカンチガイするかもしれないので、それは当然アウトですね。それに、オンガクモノというよりも、マンガ、あるいはグラフィックノベルものと言えるかもしれないお話でしたし。
話す力を失った少年が、どんな錠でも開くことのできるその才能を高度に育み、やがてプロの金庫破りとして成長していく犯罪小説――ですかね表面的には。口から発せられる言葉は失われているけれども、彼:マイクル少年の記述したものとしてこの物語は語られていきます。とても饒舌なまでに。
ふたつの時間軸を行ったり来たりしながら語られるその内容は、主に少年の成長と情熱で、それを支えているのがすべて彼の「錠アーティスト」としての行動なのでした。もしかすると「彼と金庫との対話で進む物語」と言った方が正確かもしれません。また、その綿密な金庫破りの描写は、当然サスペンスあふれるものなのですが、さらに彼の心象風景としても成立しているようにさえ感じました。
彼の文章(本書のすべて)はとても明瞭で、ゆっくり読もうとしてもがんがん読み進めてしまいます。加えてスタイリッシュでもあり、各章やパラグラフの終わりは、かならずちょっとした「キメ」のセリフや描写でしめます。快感です。それはまるで、物語を構成する各シーンという「錠」を解くその瞬間のようにすら感じられるのでした。そして本書を閉じるとき、全体としてマイクルという魅力的な金庫が、彼の手によって開いたかのようなイメージすら湧いてしまうのでした。
このめくるめく面白さときらきらする抒情性について具体的に述べるとなると、なんとも「ネタバレ」という下品な言葉を使わざるをえないのでやめておきます。ただ、70年代の素晴らしい犯罪映画たちを観終わったあとで劇場を出るときのような心地よさを感じたことと、それがたぶん多くの人にも共通するだろうことだけは断言できます。劇場映画観賞券1本分くらいの定価の本ですが、とてもとても心に残る傑作映画を観た気分でした。
翻訳小説市場が本朝において比較的縮小傾向にあるようなことをよく耳にしますが、洋画をばんすか観る人が少なくなっているからではないでしょうかねえ。マイクルとかアメリアとか云われて、たとえ彼らに関する詳細な描写がされていたとしても具体的に「どのような顔の人」であるかをイメージできるかできないか、そこらへんが翻訳小説の壁になっているような気がしてなりません。日本の小説であれば、山田なら山田、由里子なら由里子で具体的には全く異なっていようとも「誰かの顔」を想うことが容易であって、あとは読み進めながら修正を加えているだけのことじゃないでしょうか。洋画をたくさん見ている人にとってはなんてえことのないものが、そうでない人たちにはハードルとして感じられているのかもしれません。自分もたまぁに「あれ、この人どんなんだっけ」と思いながら、それでも読み進めることがありますし。
ところが本書の場合、登場人物たちの姿かたちが実にクリアに見えたのでした。
一人称による物語進行のせいということもあるのでしょうが、どんな声で話し、どのように顔をゆがめ、そして笑っているのか、それが見えるかのように読んでいました。もちろん、上質の翻訳のおかげです。
ちょっとした普通の言葉の選択なのでしょうが、それらが主人公の少年が選択した言葉としてとてもふさわしく感じられ、おそらく原作者も「そのように」感じたものを表現したかったのではないか……などと何度も思ったのでした。もちろん原文は知りませんが、いかにも「ぴったりしてる」と感じられたのでした。
以下は単なる思いつきなのですが、本書のように原作者と翻訳者の年齢が同じ(あるいは極めて近い)場合、翻訳小説には、ときとして美しい「言語と概念の邂逅」がおきているのではないか――などと。
『解錠師』スティーヴ・ハミルトン (著), 越前敏弥 (翻訳)

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